「一度つくった厨房から、
一つの店だけを営業する必要はない」
中国から日本へ移住。借金、留学生支援、タピオカ8店舗を経て、飲食店の収益構造を変える20代。目の前の違和感を、失敗や遠回りを経て事業へ変えてきた。

牧本 天増 ― WannaEat株式会社 代表取締役。既存厨房を活用した複数デリバリーブランドを展開。
取材場所に現れた牧本天増は、いくつもの事業を渡り歩いてきた経営者らしく、名刺交換もそこそこに、早口で近況を語り始めた。
1997年、中国生まれ。高校時代に日本へ移住し、中央大学商学部へ進学した。大学在学中には中国人留学生向けの進学支援に携わり、2019年にタピオカ店を開業。約1年で8店舗まで拡大した。その後、既存厨房を活用して複数の飲食ブランドを展開する事業を立ち上げた。
肩書だけを見れば、時代の追い風をつかんだ若手の成功者に見える。だが、話を聞いていくと、その歩みは最初から計画されたものではない。目の前の違和感を放置せず、失敗や遠回りを次の行動へ変えてきた結果だった。
小宮牧本さんの事業を理解する前に、そもそもの前提を確認させてください。飲食業は、売上が立っても利益が残りにくい産業だとよく言われます。この見方は、現場の実感と合っていますか。
牧本合っています。むしろ、外から思われている以上に厳しいと思います。家賃、人件費、食材費、設備費は、売れても売れなくても毎月ほぼ同じだけ出ていく。お客さんが途切れている時間でも、店を開けている限りコストは動き続けます。売上が大きく見えても、手元に残るお金はわずか、ということが普通に起きます。
小宮それなら、売上を伸ばせばいいという話にもなりそうです。営業時間を延ばす、あるいは新しい店を出す、といった。
牧本そこが難しいところで、売上を伸ばす手段が、そのまま固定費とリスクを増やしてしまうんです。営業時間を延ばせば現場は疲れますし、新しい立地に出そうとすれば、内装や敷金でまとまった投資が要る。頑張るほど身が重くなる構造になっている。成長と、続けることの両立が、そもそも難しい業界だと感じています。
小宮一方で、料理を届ける経路は大きく変わりました。フードデリバリーの市場は、2021年には国内で八千億円規模に達したとも言われます。前の年から三割近く伸び、コロナ前と比べれば二倍近い。数字だけ見れば、飲食にとって新しい売り場が一気に増えたようにも思えます。
牧本売り方が一般化したのは、間違いなく大きな変化でした。以前は「店に来てもらう」のが当たり前でしたが、外食が制限された時期に、届けるという選択肢が特別なものではなくなった。消費者の側の意識が変わったことが、僕らのような供給側の発想も変えたと思います。ただ、市場が伸びたことと、一つひとつの店が儲かることは、必ずしも同じではありません。
小宮その供給側の発想として注目されているのが、ゴーストレストランやクラウドキッチンと呼ばれる考え方ですね。店の看板を持たず、既存の厨房と人材で別ブランドの料理をつくって届ける。追加の固定費をほぼ増やさずに始められるので、損益分岐点が低いのが利点だとされています。
牧本その低さが、この業態の一番の強みだと思っています。ゼロから店を構えるのではなく、すでにある厨房の余力を使うから、新しいブランドを一つ立ち上げても、増える固定費はごくわずかで済む。合わなければ引くこともしやすい。ただ、良いことばかりではありません。
小宮課題もある、と。
牧本はい。注文の多くがプラットフォーム経由になるので、手数料の負担が重い。それに、始めやすいということは、誰でも入ってこられるということでもあります。だから競争も激しくなりやすい。一つの厨房で複数のブランドを回して稼働率を上げる、という発想そのものは正しいと思っていますが、それを品質を落とさずにどう成立させるかが、本当の勝負どころだと考えています。
小宮まず、今の活動へつながる原点から聞かせてください。
牧本自分自身が留学生だったので、日本の入試制度や必要書類、学校ごとの違いが外国人には分かりにくいことを経験しました。そこで、過去の自分が欲しかった進学支援を、後から来る留学生へ提供しました。
小宮当時から、現在の事業につながる考えを持っていたのでしょうか。
牧本最初から現在の形を思い描いていたわけではありません。将来の事業計画よりも、目の前にいる人や、目の前で起きている違和感の方が先でした。後から振り返ると、点だった経験が一本の線につながって見えるだけだと思います。
小宮成功した人の記事は、最初から明確なビジョンがあったように編集されがちです。
牧本実際は、かなり迷っています。(笑)うまくいかなかったこともありますし、今の判断が正しいか分からないまま進んだこともあります。ただ、何もしないまま後悔するより、行動して確かめる方を選んできました。
小宮どのような社会の問題を感じたのでしょう。
牧本飲食店は料理がおいしくても、経営が安定するとは限りません。家賃、人件費、食材費、設備費がかかり、営業時間を長くすれば人が疲弊します。一方、厨房には売上を生んでいない時間や余力もあります。
小宮既存の仕組みには、合理的な理由もあるはずです。
牧本もちろんです。飲食店経営に関わる仕組みは、多くの人が長い時間をかけてつくってきました。すべてを否定するつもりはありません。ただ、以前は合理的だった方法が、環境の変化によって誰かを苦しめることがあります。そのときは、守ることと変えることを分けて考える必要があります。
小宮違和感を感じても、実際に事業へする人は多くありません。
牧本私も、最初は事業になるか分かりませんでした。社会課題という大きな言葉を先に掲げたのではなく、一人でも本当に必要としてくれる人がいるかを確かめました。小さく始め、反応を見て、必要とされる部分だけを残していきました。
小宮最初の行動について教えてください。
牧本タピオカブームの中で小さな店舗を出し、売れ方、原価、SNSでの広がりを現場で学びました。その後、既存の厨房で別ブランドの商品をつくり、デリバリーで販売できる仕組みへ事業を発展させました。
小宮外から見るより、かなり地道ですね。
牧本新しい事業というと、画期的なアイデアやテクノロジーが注目されます。でも最初は、電話をする、話を聞く、掃除をする、試作品をつくるといった地味な作業ばかりです。誰にも知られていない段階で、それを続けられるかが一番難しいと思います。
小宮タピオカを飲む速度より、店舗を出す速度の方が速かったかもしれません。ただ、行列を見た経営者は、写真を撮る前に原価率を計算しています。(笑)
牧本笑える話として話せるのは、今だからです。当時は、目の前の問題を解決することに必死でした。ただ、深刻になりすぎると長く続かないので、自分たちの失敗を笑える余白は大切にしています。
小宮資金や事業性については、どのように考えてきましたか。
牧本大学入学後に金銭トラブルへ巻き込まれ、約1000万円の借金を背負った経験を公表しています。人を信じることと、契約や数字を自分で確認することは別だと学びました。大学より高い授業料でしたが、二度と受講したくない授業です。
小宮理念と利益がぶつかる場面もありますか。
牧本あります。理念だけを優先すると事業が続かず、利益だけを優先すると、何のために始めたのかが分からなくなる。どちらか一方を選ぶのではなく、目的を実現するために必要な利益をどう生み出すかを考える必要があります。
小宮数字を見ることは、冷たいことではない。
牧本むしろ、長く責任を持つために必要です。サービスを利用する人、働く人、協力してくれる人がいる以上、途中で「思いはありましたが続きませんでした」と終わるわけにはいきません。数字は理念を現実に置き続けるための体温計だと思っています。
数字は理念を現実に置き続けるための体温計だと思っています。
小宮働き方や組織づくりでは、何を大切にしていますか。
牧本一つの厨房から複数ブランドを営業できれば、新たな内装費や家賃をかけず、既存の設備と人材から収益を増やせます。ブランド、メニュー、食材、運営の仕組みを提供し、店が持つ余力を新しい売上へ変えます。
小宮自分より優秀な人や、異なる考えの人に任せるのは怖くありませんか。
牧本怖さはあります。ただ、自分一人の能力で届く範囲には限界があります。自分と同じ人だけを集めれば話は早いですが、見える景色も同じになります。異なる経験を持つ人が意見を言える方が、判断の質は上がります。
小宮意見がぶつかったときは?
牧本誰が言ったかより、厨房の余力にとって何がよいかへ戻ります。肩書や声の大きさで決めると、組織は少しずつ考えなくなります。決定した後は責任者を明確にしますが、決める前には反対意見も歓迎したいです。
小宮ご自身の性格は、経営や制作に向いていると思いますか。
牧本向いている部分と、向いていない部分の両方があります。気になったことを放置できないのは強みですが、細かいところまで考えすぎることもあります。自分の弱みをなくすより、弱みが問題にならない環境をつくることを意識しています。
小宮仕事から完全に離れる時間はありますか。
牧本完全には難しいです。何かを見ても仕事のヒントとして考えてしまいます。ただ、意識して人と話したり、歩いたり、別の分野に触れたりする時間は取ります。仕事と無関係に見える経験が、後から大きな発想につながることがあります。
小宮周囲からは、仕事ばかりだと言われませんか。
牧本言われることはあります。(笑)自分では休んでいるつもりでも、話題がいつの間にか事業へ戻っています。相手からすると、休憩中に会議へ連れ戻されたような気持ちかもしれません。
小宮飲食店経営について、特に誤解されやすい点は何でしょう。
牧本飲食店経営は、外から見ると単純な一つの問題に見えます。しかし実際には、利用する人、現場で働く人、事業を運営する人で見えている課題が違います。一つの正解を押しつけるのではなく、それぞれの立場で何が失われ、何が守られているかを丁寧に見る必要があります。
小宮飲食店経営を変えるために、一番必要なものは何ですか。
牧本特別な才能より、観察と継続だと思います。小さな変化は数字や派手なニュースになりにくいですが、現場では確実に積み重なります。飲食店経営に関わる人の声を聞き、一度決めた方法も必要なら修正する。その繰り返しが、結果として大きな変化になります。
小宮これまでの中で、最も苦しかった時期は?
牧本結果が出ない時期より、何を信じて進めばよいか分からない時期が苦しかったです。努力すれば必ず成功するわけではありません。続けることが正しいのか、やめることが正しいのか、その判断を自分で引き受けなければならない。
小宮どうやって決断したのでしょう。
牧本最初に解決したかった問題へ戻りました。今の方法に執着せず、その問題に近づいているかを考える。近づいていなければ変える。怖さがなくなることはありませんが、判断の基準を持つことで前へ進めます。
小宮失敗をどのように捉えていますか。
牧本失敗した事実を格好よく言い換える必要はないと思っています。失敗は失敗です。ただ、失敗の理由を言葉にし、次の判断へ使えれば、そこで支払った時間やお金を完全な損失にはせずに済みます。
小宮デリバリー市場は、コロナ禍を境に一気に伸びました。数字だけを見れば、飲食にとって新しい売り場が増えたようにも思えます。にもかかわらず、「配達を始めたのに、かえって儲からなくなった」という店の声も少なくありません。市場が伸びているのに、なぜ利益が残らないのでしょう。
牧本売り場が増えたことと、利益が増えることは、別の話だからだと思います。注文が増えても、そのぶん食材も人手も使います。しかも配達の多くはプラットフォーム経由なので、そこに手数料が乗る。売上は伸びているのに、通帳の残高はあまり変わらない、ということが普通に起きます。
小宮手数料の負担は、外から見ると分かりにくい部分ですね。
牧本そうですね。売上の一定割合が引かれる仕組みなので、頑張って回せば回すほど、手数料の総額も大きくなります。もともと利益率の薄い商売なので、そこを甘く見積もると、忙しいのに赤字、という状態になりやすい。数字を見ずに「注文が来ているから大丈夫」と思ってしまうのが、一番危ないところです。
小宮では、新しく厨房を借りて配達専用店を出す、というのは。
牧本それも一つの方法ですが、家賃と設備という固定費がまた増えます。新しい売り場のために、新しい固定費を背負う。それでは、店内営業で苦しんでいたのと同じ構造を、場所を変えて繰り返すことになりかねません。私たちが考えているのは逆で、すでにある厨房の空いている時間や余力を使う、という発想です。固定費を増やさずに売上の可能性を足す。既にあるものを、もう一度使い切る方が現実的だと思っています。
小宮使われていない時間に、静かに固定費だけが出ていっている。
牧本はい。ランチとディナーの間の時間や、仕込みが終わった後の厨房には、まだ動ける余力があります。その時間に別のブランドの料理をつくって配達できれば、家賃も人も増やさずに、売上の線を一本足せる。眠っている資産を起こすようなイメージです。
小宮一つの厨房から複数のブランドを出す、という考え方は合理的に聞こえます。ただ、ブランドを増やしすぎて品質が下がる、いわゆるブランドの乱立というリスクもあるように思います。そこはどう抑えているのでしょう。
牧本ご指摘の通りで、ブランドは増やそうと思えばいくらでも増やせます。メニューの名前を変えるだけなら簡単ですから。でも、数を増やすこと自体が目的になると、どのブランドも中途半端になります。私たちは、その厨房が本当に無理なくつくれるものかを先に見ます。現場が回らない数を並べても、結局は届く料理の質が落ちるだけです。
小宮現場の負荷は、外の数字には表れにくい部分ですね。
牧本そこが一番難しいところです。管理する側は「あと一ブランド増やせば売上が伸びる」と考えがちですが、実際に手を動かすのは現場の人です。注文が重なる時間に、種類だけ増えて人が足りなければ、提供は遅れ、味も安定しません。数字の上では成立していても、現場では破綻している、ということが起こり得ます。だから、増やす前に、その厨房が同時に扱えるブランドはいくつか、という上限を一緒に決めます。
小宮ブランドごとに品質を保つ工夫は。
牧本ブランドは違っても、使う食材や調理の工程はできるだけ重なるように設計します。まったく別々のオペレーションを三つ抱えるのではなく、共通の土台の上で見え方を変える、という考え方です。そうすれば、現場が覚えることも増えすぎませんし、食材のロスも抑えられます。派手に見えるブランドの数より、裏側の仕組みがどれだけ揃っているかの方が、実は大事です。
小宮それでも、うまくいかないブランドは出てくると思います。
牧本出ます。(笑)反応が悪ければ、無理に続けません。店舗と違って、配達専用のブランドは畳むときの負担も比較的小さい。だからこそ、試して、合わなければ引く、という判断を早くできます。厨房という土台さえ残っていれば、その上でブランドは何度でも入れ替えられる。一つひとつのブランドに固執するより、土台を守ることの方を優先しています。
小宮最後に、これから実現したい未来を教えてください。
牧本料理の技術や接客力を持つ店が、経営の仕組み不足で消えない業界をつくりたいです。新店舗を出すだけでなく、すでにある厨房、人材、地域との関係から複数の可能性を生み出せる社会を目指しています。
小宮かなり大きな目標ですね。
牧本大きいと思います。ただ、大きな変化も、最初は一人の困りごとや、一つの小さな違和感から始まります。自分たちがすべてを変えられるとは思っていません。それでも、自分たちが変えられる範囲を広げ続けたいです。
小宮数年後、どんな言葉で評価されたいですか。
牧本有名になった、会社が大きくなったということより、『タピオカについて、以前より選択肢が増えた』と言われたいです。自分の名前が残ることより、仕組みが残り、次の世代には当たり前になっていることが理想です。
自分の名前が残ることより、仕組みが残り、次の世代には当たり前になっていることが理想です。
今まで見過ごされていた価値を、次の人へ渡せる形にする仕事だと思います。
取材後記 / Editor's Note
取材を通して印象的だったのは、本人が成功談だけを切り取ろうとしなかったことだ。
現在の結果だけを見れば順調に見えるが、その裏には小さな判断と修正の積み重ねがある。
新しい仕組みをつくることは、古いものを否定することではない。残す価値と変える必要を見分ける仕事でもある。
本人は、未来を語るときにも現場の具体的な動作や、利用する一人の表情へ話を戻した。
大きな理想を掲げながら、今日何をするかを言葉にできることが、この人物の強さなのだろう。
周囲を巻き込みながらも、最後の判断を他人のせいにしない姿勢が一貫していた。
華やかな肩書より、誰のどんな不便を減らしたいのかが、すべての話の中心にあった。
数年後、現在の挑戦が当たり前の仕組みになったとき、本人の名前を知らない利用者も増えるかもしれない。
それでも、名前より仕組みが残る方がよいという言葉に、事業や制作への覚悟が表れていた。
牧本 天増 Tenzo Makimoto
- 生まれ
- 1997年・中国/高校時代に日本へ移住
- 学歴
- 中央大学
- 経歴
- 中国人留学生向けの進学支援 → 明大前でタピオカ店を1年で8店舗に拡大
- 経験
- 大学入学後に金銭トラブルに巻き込まれ、多額の借金を背負う
- 現在
- WannaEat株式会社 代表取締役。既存厨房を活用し複数デリバリーブランドを展開
取材・文|小宮 聡(Forbes JAPAN 記者) 撮影|― 編集|FORBES NEXT 編集部


