FORBES NEXT
将来有望な20代の、いま。― Forbes記者が、次の10年をつくる才能に会いに行く連載。
FORBES NEXT/Culture/Vol.21
FORBES NEXTVol.21  /  Culture & Community

「銭湯では、服と一緒に
肩書まで脱いでしまう」

SaaS企業のCOOから、原宿で100年続く“街の銭湯”をつくる30歳。目の前の違和感を、失敗や遠回りを経て事業へ変えてきた。

関根 江里子
E.S
Portrait ― 人物写真が入ります

関根 江里子 ― 小杉湯 副社長/株式会社ゆあそび 代表取締役。金融・SaaSの経営を経て銭湯へ。

取材場所に現れた関根江里子は、初対面のスタッフにも、銭湯の常連に向けるような自然な笑顔で会釈し、場の空気をやわらげた。

上海に生まれ、東京で育った。慶應義塾大学卒業後、IT企業でマーケティングや組織づくりに携わり、給与前払いサービスを提供する会社でCOOを経験した。その後、銭湯経営を志して独立。現在は小杉湯の経営に携わり、原宿の商業施設内で街の銭湯を運営している。

肩書だけを見れば、時代の追い風をつかんだ若手の成功者に見える。だが、話を聞いていくと、その歩みは最初から計画されたものではない。目の前の違和感を放置せず、失敗や遠回りを次の行動へ変えてきた結果だった。

小宮少し、銭湯という場そのものの話を伺わせてください。統計で見ると、公衆浴場は1968年ごろの約1万8000軒をピークに減り続けてきたとされます。きっかけは、各家庭にお風呂が入ったことだと。

関根そうですね。内風呂が普及した時点で、「洗う場所」としての役割は一度終わったと言われても仕方がないと思います。それでも残ってきたのは、身体を洗う以外の何かがそこにあったからで。私が向き合いたいのは、たぶんその“何か”の方なんです。

小宮減り方も、かなり速かったようですね。1991年ごろには1万軒を切り、2000年代半ばには5000軒を下回ったとされます。

関根数字を並べられると改めて驚きますが、現場の感覚だと、一度火を落とした釜はそう簡単には戻らないんです。だから一軒閉まるというのは、単に数が一つ減るのとは違って、その地域からまるごと消えてしまうことに近い。取り返しがつきにくいんですよね。

小宮廃業の理由も、営業不振だけではないと聞きます。経営者の高齢化やご病気、木造施設の老朽化、燃料費の高騰、それにコロナ禍での客足の落ち込みが重なったとされます。

関根どれか一つが原因、という話ではないんです。全部が同じ時期に、いっぺんにのしかかってくる。現場に立っていると、続けたいのに続けられないご事情が、本当によく見えます。だから私は、閉めた方を責める気にはとてもなれなくて。

小宮一方で、ここ数年はサウナや“整い”への関心を追い風に、若い世代が銭湯を捉え直す動きも広がっているとされます。商業施設の中に入る新しい形も出てきていますね。

関根ありがたい流れだと思っています。以前は来なかった世代の方が、あえて選んで足を運んでくださる。(笑)ただ、体験として消費される側面もあるので、その盛り上がりだけを軸に置くことには、少し慎重でいたいという気持ちもあります。

小宮文化として大切だ、という言葉だけでは経営が続かない。人件費も修繕費も燃料費もかかります。

関根思いだけでは、釜は焚けないんですよ。(笑)「守るべき文化」という言葉と、「毎月の収支」という現実のあいだには、いつも緊張があります。だからこそ数字からは逃げない。逃げた瞬間に、守りたかったものごと消えてしまうと思っているので。

小宮その、数字に表れにくい価値というのは、具体的にはどういうものだと感じていますか。

関根番台越しの短い挨拶とか、常連さん同士のゆるやかな見守りとか、そういうものだと思います。名前は知らないけれど顔は知っている、くらいの距離感。実は、それが一番残したい部分なんです。ただ、数字に出ないぶん、いちばん先に消えやすいものでもあって。

小宮まず、今の活動へつながる原点から聞かせてください。

関根私は肩書や見た目だけで人が判断される社会に、ずっと違和感がありました。会社では役職、所属、服装、持ち物が先に目に入ります。でも銭湯では全員が服を脱ぐ。経営者も学生も、湯船の中ではほとんど同じです。

経営者も学生も、
湯船の中ではほとんど同じです。

小宮当時から、現在の事業につながる考えを持っていたのでしょうか。

関根最初から現在の形を思い描いていたわけではありません。将来の事業計画よりも、目の前にいる人や、目の前で起きている違和感の方が先でした。後から振り返ると、点だった経験が一本の線につながって見えるだけだと思います。

小宮成功した人の記事は、最初から明確なビジョンがあったように編集されがちです。

関根実際は、かなり迷っています。(笑)うまくいかなかったこともありますし、今の判断が正しいか分からないまま進んだこともあります。ただ、何もしないまま後悔するより、行動して確かめる方を選んできました。

小宮どのような社会の問題を感じたのでしょう。

関根銭湯は文化的に大切だと言われながら、施設数は減っています。燃料費、人件費、修繕費がかかり、思いだけでは続けられません。一方で利益だけを優先して銭湯らしさを失えば、残す意味もなくなります。

小宮既存の仕組みには、合理的な理由もあるはずです。

関根もちろんです。銭湯文化に関わる仕組みは、多くの人が長い時間をかけてつくってきました。すべてを否定するつもりはありません。ただ、以前は合理的だった方法が、環境の変化によって誰かを苦しめることがあります。そのときは、守ることと変えることを分けて考える必要があります。

小宮違和感を感じても、実際に事業へする人は多くありません。

関根私も、最初は事業になるか分かりませんでした。社会課題という大きな言葉を先に掲げたのではなく、一人でも本当に必要としてくれる人がいるかを確かめました。小さく始め、反応を見て、必要とされる部分だけを残していきました。

小宮最初の行動について教えてください。

関根銭湯経営を志してからは、実際に都内の銭湯で働き、掃除、受付、設備確認などを経験しました。社会的な意義を語る前に、毎日湯を沸かし、床を磨き、桶をそろえる仕事が必要です。

小宮外から見るより、かなり地道ですね。

関根新しい事業というと、画期的なアイデアやテクノロジーが注目されます。でも最初は、電話をする、話を聞く、掃除をする、試作品をつくるといった地味な作業ばかりです。誰にも知られていない段階で、それを続けられるかが一番難しいと思います。

小宮SaaSのように「今週はまだ入浴されていません」と利用促進メールを送ったら、かなり怖い銭湯になりますよね。(笑)

関根笑える話として話せるのは、今だからです。当時は、目の前の問題を解決することに必死でした。ただ、深刻になりすぎると長く続かないので、自分たちの失敗を笑える余白は大切にしています。

小宮資金や事業性については、どのように考えてきましたか。

関根文化を残すためにも利益は必要です。働く人の給料や建物の修繕費を払えなければ、理念は続きません。ただし経済性から理想を決めるのではなく、100年続く銭湯という理想から必要な経済性を考えています。

経済性から理想を決めるのではなく、
100年続く銭湯という理想から必要な経済性を考えています。

小宮理念と利益がぶつかる場面もありますか。

関根あります。理念だけを優先すると事業が続かず、利益だけを優先すると、何のために始めたのかが分からなくなる。どちらか一方を選ぶのではなく、目的を実現するために必要な利益をどう生み出すかを考える必要があります。

小宮数字を見ることは、冷たいことではない。

関根むしろ、長く責任を持つために必要です。サービスを利用する人、働く人、協力してくれる人がいる以上、途中で「思いはありましたが続きませんでした」と終わるわけにはいきません。数字は理念を現実に置き続けるための体温計だと思っています。

小宮働き方や組織づくりでは、何を大切にしていますか。

関根マネジメントでは、自分一人で意味を説明し切ろうとしないことを意識しています。社会的な意義を理解する人と、現場の言葉へ変換できる人は異なる場合があります。誰にどう伝えれば動きやすいかを、チームで考えます。

小宮自分より優秀な人や、異なる考えの人に任せるのは怖くありませんか。

関根怖さはあります。ただ、自分一人の能力で届く範囲には限界があります。自分と同じ人だけを集めれば話は早いですが、見える景色も同じになります。異なる経験を持つ人が意見を言える方が、判断の質は上がります。

小宮意見がぶつかったときは?

関根誰が言ったかより、街の居場所にとって何がよいかへ戻ります。肩書や声の大きさで決めると、組織は少しずつ考えなくなります。決定した後は責任者を明確にしますが、決める前には反対意見も歓迎したいです。

小宮ご自身の性格は、経営や制作に向いていると思いますか。

関根向いている部分と、向いていない部分の両方があります。気になったことを放置できないのは強みですが、細かいところまで考えすぎることもあります。自分の弱みをなくすより、弱みが問題にならない環境をつくることを意識しています。

小宮仕事から完全に離れる時間はありますか。

関根完全には難しいです。何かを見ても仕事のヒントとして考えてしまいます。ただ、意識して人と話したり、歩いたり、別の分野に触れたりする時間は取ります。仕事と無関係に見える経験が、後から大きな発想につながることがあります。

小宮周囲からは、仕事ばかりだと言われませんか。

関根言われることはあります。(笑)自分では休んでいるつもりでも、話題がいつの間にか事業へ戻っています。相手からすると、休憩中に会議へ連れ戻されたような気持ちかもしれません。

小宮銭湯文化について、特に誤解されやすい点は何でしょう。

関根銭湯文化は、外から見ると単純な一つの問題に見えます。しかし実際には、利用する人、現場で働く人、事業を運営する人で見えている課題が違います。一つの正解を押しつけるのではなく、それぞれの立場で何が失われ、何が守られているかを丁寧に見る必要があります。

小宮銭湯文化を変えるために、一番必要なものは何ですか。

関根特別な才能より、観察と継続だと思います。小さな変化は数字や派手なニュースになりにくいですが、現場では確実に積み重なります。銭湯文化に関わる人の声を聞き、一度決めた方法も必要なら修正する。その繰り返しが、結果として大きな変化になります。

小宮これまでの中で、最も苦しかった時期は?

関根結果が出ない時期より、何を信じて進めばよいか分からない時期が苦しかったです。努力すれば必ず成功するわけではありません。続けることが正しいのか、やめることが正しいのか、その判断を自分で引き受けなければならない。

小宮どうやって決断したのでしょう。

関根最初に解決したかった問題へ戻りました。今の方法に執着せず、その問題に近づいているかを考える。近づいていなければ変える。怖さがなくなることはありませんが、判断の基準を持つことで前へ進めます。

小宮失敗をどのように捉えていますか。

関根失敗した事実を格好よく言い換える必要はないと思っています。失敗は失敗です。ただ、失敗の理由を言葉にし、次の判断へ使えれば、そこで支払った時間やお金を完全な損失にはせずに済みます。

小宮少し外側の話も伺わせてください。統計を見ると、かつて全国に1万軒以上あった銭湯は、いまや数千軒まで減り、東京都内でも400軒台にとどまっています。数の上では、明らかに縮んでいく市場です。その中で、あえて新しく銭湯を開くという判断は、どこか逆張りにも見えます。

関根逆張りをしたいわけではないんです。減っているという事実は、私も現場で肌で感じています。近所の一軒が閉まると、そこに通っていた人たちが行き場をなくして、少しずつ街の空気が変わる。数字が一つ減るというのは、そういうことなんですよね。

小宮数の問題ではない、と。

関根はい。人は、なくなってからその価値に気づくことが多いと思います。あって当たり前だったものが消えて、初めて「あれは何だったんだろう」と考える。でも、そのときにはもう戻せない。私は、そのタイミングをできるだけ遅らせたいというか、間に合わせたいんです。だから、残っているうちに次の形をつくっておきたい。

小宮採算の合わない事業を無理に延命させる、という話にも聞こえかねません。

関根そこは分けて考えています。延命ではなくて、街のインフラとして必要なものをどう残すか、という設計の話です。道路や公園と同じで、一軒ずつの黒字だけでは測れない役割があります。ただ、だからといって赤字を垂れ流していい理由にはならない。必要とされる形に作り替えながら残す。守ることと変えることを、同時にやるしかないと思っています。(笑)

小宮一方で、追い風もありますよね。ここ数年はサウナ人気が再燃して、若い世代が銭湯へ足を運ぶ流れも生まれています。ビジネスとしては、この盛り上がりに乗るのが自然にも思えます。

関根ありがたい流れだと思っています。実際、以前は来なかった世代の方が、ふらっと入ってくださる。ただ、その盛り上がりを事業の軸に置くことには、少し慎重でいたいんです。

小宮それはなぜでしょう。話題になること自体は、悪いことではないはずです。

関根話題は、必ずいつか静かになります。ブームに合わせて作ったものは、ブームが引くと一緒に流れていってしまう。私がやりたいのは、盛り上がっている日も、誰も話題にしない日も、変わらず開いている場所をつくることなんです。むしろ、静かになった後に、まだそこにあるかどうかが本当の価値だと思っています。

小宮流行を追いかけない、と。

関根追いかけないというより、追い風は歓迎しつつ、それに舵まで預けない、という感覚に近いです。(笑)風が吹いている間に、風がなくても立っていられる体をつくる。話題性は、新しい人に知ってもらうきっかけとしては本当にありがたい。でも、来てくれた人に「変わらずここにある」と感じてもらえないと、結局はまた一つ、なくなる場所を増やすだけになってしまいます。

小宮変わらないこと自体を、価値として売っていく。

関根そうですね。派手なことをしないというのは、実は一番難しい選択かもしれません。何かを足す方が分かりやすいですから。でも、毎日同じように湯を沸かし、同じように迎える。その退屈にも見える継続が、いつか誰かにとっての「帰れる場所」になる。私は、そこに賭けているんだと思います。

小宮最後に、これから実現したい未来を教えてください。

関根仕事で疲れた日も、誰かとうまく話せなかった日も、「とりあえず銭湯へ行こう」と思える場所を残したいです。大きな問題を解決しなくても、入る前より少しだけ軽い気持ちで帰れる。それが100年続く街の銭湯だと思います。

小宮かなり大きな目標ですね。

関根大きいと思います。ただ、大きな変化も、最初は一人の困りごとや、一つの小さな違和感から始まります。自分たちがすべてを変えられるとは思っていません。それでも、自分たちが変えられる範囲を広げ続けたいです。

小宮数年後、どんな言葉で評価されたいですか。

関根有名になった、会社が大きくなったということより、『肩書について、以前より選択肢が増えた』と言われたいです。自分の名前が残ることより、仕組みが残り、次の世代には当たり前になっていることが理想です。

取材終了後、関根江里子は資料を片付けながら、スタッフからの最後の質問にも一つずつ答えていた。派手な言葉より、目の前の相手が理解できる言葉を選ぶ姿勢は、取材中と変わらない。
記者が「結局、今の仕事を一言で表すと何でしょう」と尋ねると、関根は少し考えてから答えた。

今まで見過ごされていた価値を、次の人へ渡せる形にする仕事だと思います。

その言葉は、これまでの経歴を説明するだけでなく、これから向かう方向も示していた。

取材後記 / Editor's Note

取材を通して印象的だったのは、本人が成功談だけを切り取ろうとしなかったことだ。

現在の結果だけを見れば順調に見えるが、その裏には小さな判断と修正の積み重ねがある。

新しい仕組みをつくることは、古いものを否定することではない。残す価値と変える必要を見分ける仕事でもある。

本人は、未来を語るときにも現場の具体的な動作や、利用する一人の表情へ話を戻した。

大きな理想を掲げながら、今日何をするかを言葉にできることが、この人物の強さなのだろう。

周囲を巻き込みながらも、最後の判断を他人のせいにしない姿勢が一貫していた。

華やかな肩書より、誰のどんな不便を減らしたいのかが、すべての話の中心にあった。

数年後、現在の挑戦が当たり前の仕組みになったとき、本人の名前を知らない利用者も増えるかもしれない。

それでも、名前より仕組みが残る方がよいという言葉に、事業や制作への覚悟が表れていた。

Profile

関根 江里子 Eriko Sekine

生まれ
上海生まれ・東京育ち
キャリア
スタートアップでCRM・マーケ・カスタマーサクセスを担い、取締役COOを経験
現在
高円寺の老舗銭湯・小杉湯 副社長/小杉湯原宿を運営する株式会社ゆあそび 代表取締役
テーマ
変わらないことの価値/肩書を脱げる場所を都市に残す

取材・文|小宮 聡(Forbes JAPAN 記者) 撮影|― 編集|FORBES NEXT 編集部

あわせて読みたい

すべて見る →
Design Comp / 記事ページ