「英語を勉強する場所ではなく、
英語で誰かと出会う場所をつくりたい」
英国大学在学中に起業。留学支援からメタバース英会話へ転換した30歳。目の前の違和感を、失敗や遠回りを経て事業へ変えてきた。

野原 樹斗 ― メタバース英会話「fondi」運営。英国ウォーリック大学在学中に起業。
取材場所に現れた野原樹斗は、海外での暮らしが長いせいか、初対面でも距離を感じさせない軽やかさで席に着いた。
1996年、茨城県つくば市生まれ。高校卒業後、イギリスのウォーリック大学で経営学を学び、大学在学中の2017年に会社を共同創業した。当初は留学支援サービスを運営したが、その後ピボットし、世界中の利用者が仮想空間で英語を使って交流する「fondi」を立ち上げた。
肩書だけを見れば、時代の追い風をつかんだ若手の成功者に見える。だが、話を聞いていくと、その歩みは最初から計画されたものではない。目の前の違和感を放置せず、失敗や遠回りを次の行動へ変えてきた結果だった。
小宮事業の話に入る前に、市場全体の話を少しさせてください。オンライン英会話は、この数年で規模が一気に膨らみました。四年ほどで倍以上になったとも言われ、コロナ禍でオンライン学習が生活に溶け込み、AIの進化も後押ししています。追い風のなかにいる実感はありますか。
野原正直、追い風は感じます。ただ、伸びているのは「学ぶための入り口」なんですよね。教材が増え、レッスンが安くなり、いつでも予約できる。そこは本当に便利になった。でも、その数字の伸びと、利用者が実際に「話せるようになったか」は、必ずしも一致していない気がしています。
小宮外国語教室全体で見ても、2030年には3500億円規模まで伸びるという予測があるそうです。それだけ市場が広がっているのに、「話せない」という悩みは昔のまま残っている。この矛盾を、当事者としてどう見ていますか。
野原そこがまさに、僕が引っかかっていた点です。多くの学習者に共通する壁って、教材の量でも単語の数でもなくて、「話す機会そのものが足りない」ことと「間違えるのが怖い」ことなんです。市場が大きくなっても、その二つには意外と手が入っていない。僕自身、海外に出て最初に口が止まったのも、文法ではなく「変に思われたら」という一瞬のためらいでした。
小宮講師と一対一のレッスンは効率的だと言われますが、それでは足りないと。
野原効率はいいんです。ただ、教室の外で偶然隣り合った人と交わす雑談や、話題が思わぬ方向へ転がっていく会話までは、一対一だとなかなか再現できないと感じました。日本で長く勉強してきた人ほど、「正しく言えるまで黙る」癖がついている。これは本人の努力不足ではなくて、ずっと正解を出す練習ばかりしてきた結果だと思うんです。だから僕らがつくりたかったのは、教材をもう一つ足すことではなく、間違えても誰も気にしない“場”のほうでした。
小宮近年は、その壁を学習法の設計そのもので越えようとする動きも目立ちます。ソーシャルな仕掛けやゲーム的な要素、アバターの匿名性で心理的ハードルを下げる、といった。fondiもその流れのなかにありますか。
野原ありますね。アバターで顔を隠せると、「顔を出して失敗する怖さ」がずいぶん和らぐんです。「勇気を出して話しましょう」と呼びかけるより、勇気がいらない構造をつくるほうが早い。(笑)学ぶことの価値が、知識を正しく覚えることから、その言語で誰かとつながる体験そのものへ移りつつある──僕はそう捉えています。
小宮もう一点、興味深いのは担い手の変化です。日本発のサービスが、国内よりむしろ海外の利用者を中心に広がる例も出てきている。fondiも多くの国にユーザーを持つと聞きました。ふつうは逆を狙う気がしますが。
野原最初から狙っていたわけではないんです。(笑)気づいたら、いろんな国の人が入ってきていました。ただ、後から理由はわかる気がして。英語を「勉強するもの」ではなく「誰かと出会う手段」として設計すると、対象が“留学したい日本人”みたいに限定されなくなるんですよ。誰かと話したい気持ちに、国籍は関係ないので。どこ発かがわからなくなるくらいがちょうどいい。気づいたら国境が溶けていた、という広がり方のほうが、僕らのやりたいことには合っている気がします。
小宮まず、今の活動へつながる原点から聞かせてください。
野原海外で生活すると、英語は試験科目ではなく生活の道具になります。多少文法を間違えても、相手へ伝えなければ生活できません。逆に試験で高得点でも、話しかけなければ友達はできません。
小宮当時から、現在の事業につながる考えを持っていたのでしょうか。
野原最初から現在の形を思い描いていたわけではありません。将来の事業計画よりも、目の前にいる人や、目の前で起きている違和感の方が先でした。後から振り返ると、点だった経験が一本の線につながって見えるだけだと思います。
小宮成功した人の記事は、最初から明確なビジョンがあったように編集されがちです。
野原実際は、かなり迷っています。(笑)うまくいかなかったこともありますし、今の判断が正しいか分からないまま進んだこともあります。ただ、何もしないまま後悔するより、行動して確かめる方を選んできました。
小宮どのような社会の問題を感じたのでしょう。
野原留学を望んでも、費用、時間、家族の事情によって実際に海外へ行けない人は多くいます。オンライン英会話も先生との授業が中心で、偶然出会った人と話す自然な交流はつくりにくいと感じました。
小宮既存の仕組みには、合理的な理由もあるはずです。
野原もちろんです。英語学習に関わる仕組みは、多くの人が長い時間をかけてつくってきました。すべてを否定するつもりはありません。ただ、以前は合理的だった方法が、環境の変化によって誰かを苦しめることがあります。そのときは、守ることと変えることを分けて考える必要があります。
小宮違和感を感じても、実際に事業へする人は多くありません。
野原私も、最初は事業になるか分かりませんでした。社会課題という大きな言葉を先に掲げたのではなく、一人でも本当に必要としてくれる人がいるかを確かめました。小さく始め、反応を見て、必要とされる部分だけを残していきました。
小宮最初の行動について教えてください。
野原最初は留学経験者と希望者をつなぐサービスを運営しました。しかし情報を増やすだけでは留学を迷う人の意思決定を変えられず、事業を転換しました。実際に海外へ行けないなら、仮想空間に留学に近い環境をつくろうと考えました。
小宮外から見るより、かなり地道ですね。
野原新しい事業というと、画期的なアイデアやテクノロジーが注目されます。でも最初は、電話をする、話を聞く、掃除をする、試作品をつくるといった地味な作業ばかりです。誰にも知られていない段階で、それを続けられるかが一番難しいと思います。
小宮「メタバース英会話をつくろう」と決めた後で、「ところでメタバースはどうやってつくるのだろう」と考え始めました。普通は順番が逆ですよね。(笑)
野原笑える話として話せるのは、今だからです。当時は、目の前の問題を解決することに必死でした。ただ、深刻になりすぎると長く続かないので、自分たちの失敗を笑える余白は大切にしています。
小宮資金や事業性については、どのように考えてきましたか。
野原最初の事業には利用者も思い入れもありました。それでも解決したい課題に対して有効でなければ、守るべきはサービスではなく目的です。過去の投資を理由に続ければ、事業ではなく創業者のプライドを守ることになります。
小宮理念と利益がぶつかる場面もありますか。
野原あります。理念だけを優先すると事業が続かず、利益だけを優先すると、何のために始めたのかが分からなくなる。どちらか一方を選ぶのではなく、目的を実現するために必要な利益をどう生み出すかを考える必要があります。
小宮数字を見ることは、冷たいことではない。
野原むしろ、長く責任を持つために必要です。サービスを利用する人、働く人、協力してくれる人がいる以上、途中で「思いはありましたが続きませんでした」と終わるわけにはいきません。数字は理念を現実に置き続けるための体温計だと思っています。
数字は、理念を現実に置き続けるための
体温計だと思っています。
小宮働き方や組織づくりでは、何を大切にしていますか。
野原世界各国の利用者が集まるため、文化の違い、安全性、会話の距離感まで設計する必要があります。ユーザー数を増やすだけでなく、間違えても笑われず、安心して話せるコミュニティーを育てることが重要です。
小宮自分より優秀な人や、異なる考えの人に任せるのは怖くありませんか。
野原怖さはあります。ただ、自分一人の能力で届く範囲には限界があります。自分と同じ人だけを集めれば話は早いですが、見える景色も同じになります。異なる経験を持つ人が意見を言える方が、判断の質は上がります。
小宮意見がぶつかったときは?
野原誰が言ったかより、メタバースにとって何がよいかへ戻ります。肩書や声の大きさで決めると、組織は少しずつ考えなくなります。決定した後は責任者を明確にしますが、決める前には反対意見も歓迎したいです。
小宮ご自身の性格は、経営や制作に向いていると思いますか。
野原向いている部分と、向いていない部分の両方があります。気になったことを放置できないのは強みですが、細かいところまで考えすぎることもあります。自分の弱みをなくすより、弱みが問題にならない環境をつくることを意識しています。
小宮仕事から完全に離れる時間はありますか。
野原完全には難しいです。何かを見ても仕事のヒントとして考えてしまいます。ただ、意識して人と話したり、歩いたり、別の分野に触れたりする時間は取ります。仕事と無関係に見える経験が、後から大きな発想につながることがあります。
小宮周囲からは、仕事ばかりだと言われませんか。
野原言われることはあります。(笑)自分では休んでいるつもりでも、話題がいつの間にか事業へ戻っています。相手からすると、休憩中に会議へ連れ戻されたような気持ちかもしれません。
小宮英語学習について、特に誤解されやすい点は何でしょう。
野原英語学習は、外から見ると単純な一つの問題に見えます。しかし実際には、利用する人、現場で働く人、事業を運営する人で見えている課題が違います。一つの正解を押しつけるのではなく、それぞれの立場で何が失われ、何が守られているかを丁寧に見る必要があります。
小宮英語学習を変えるために、一番必要なものは何ですか。
野原特別な才能より、観察と継続だと思います。小さな変化は数字や派手なニュースになりにくいですが、現場では確実に積み重なります。英語学習に関わる人の声を聞き、一度決めた方法も必要なら修正する。その繰り返しが、結果として大きな変化になります。
小宮これまでの中で、最も苦しかった時期は?
野原結果が出ない時期より、何を信じて進めばよいか分からない時期が苦しかったです。努力すれば必ず成功するわけではありません。続けることが正しいのか、やめることが正しいのか、その判断を自分で引き受けなければならない。
小宮どうやって決断したのでしょう。
野原最初に解決したかった問題へ戻りました。今の方法に執着せず、その問題に近づいているかを考える。近づいていなければ変える。怖さがなくなることはありませんが、判断の基準を持つことで前へ進めます。
小宮失敗をどのように捉えていますか。
野原失敗した事実を格好よく言い換える必要はないと思っています。失敗は失敗です。ただ、失敗の理由を言葉にし、次の判断へ使えれば、そこで支払った時間やお金を完全な損失にはせずに済みます。
小宮市場そのものは、この数年で急速に伸びています。オンライン英会話は数年で規模が倍増したとも言われ、学ぶ環境は明らかに整ってきました。それでも「話せない」という悩みは、なぜか同じ強さで残り続けている。この矛盾を、当事者としてどう見ていますか。
野原数字が伸びていること自体は、良い変化だと思います。ただ、増えているのは多くの場合「学ぶ機会」であって、「話す機会」ではないんです。教材が増え、レッスンが安くなり、いつでも予約できるようになった。そこはすごく進みました。でも、話せるようになる一番の条件は、実は情報量ではなくて、「間違えても平気だと思える相手と、どれだけ言葉を交わしたか」なんですよね。
小宮環境が整うことと、話せるようになることは、別の問題だと。
野原そうなんです。僕自身、海外に出て最初に困ったのは、文法や単語ではありませんでした。「間違えたら変に思われるかな」という、その一瞬のためらいでした。あれで口が止まる。日本で長く勉強してきた人ほど、正しく言えるまで黙ってしまう癖がついている。これは本人の努力不足ではなくて、ずっと「正解を出す練習」ばかりしてきた結果だと思うんです。だから僕らがつくりたかったのは、もう一つ教材を足すことではなくて、間違えても誰も気にしない“場”のほうでした。
小宮その「場」は、意図して設計しないと生まれないものですか。
野原生まれないですね。放っておくと、結局うまい人だけが気持ちよく話して、自信のない人が黙る空間になってしまう。だからアバターで顔を隠せるようにしたり、雑談から自然に始められるようにしたり、細かいところをかなり設計しています。「勇気を出して話しましょう」と呼びかけるより、勇気がいらない構造をつくるほうが早いんです。(笑)市場が伸びても“話せない”が解けないのは、たぶんそこに手が入っていないからだと思っています。
小宮もう一点、外から見て興味深いのは利用者の分布です。日本発のサービスでありながら、実際には海外のユーザーが中心になっていると聞きました。ふつうは逆を狙う気がしますが、この現象をご自身ではどう受け止めていますか。
野原正直に言うと、最初から狙っていたわけではないんです。(笑)気づいたら、いろんな国の人が入ってきていました。ただ、後から考えると理由はわかる気がします。僕らは英語を「勉強するもの」ではなく「誰かと出会う手段」として設計した。そうすると、目的が“英語圏に留学したい日本人”みたいに限定されなくなるんですよ。誰かと話したい、という気持ちに国籍は関係ないので。
小宮手段として設計した瞬間に、対象が一気に広がった。
野原そうなんです。「日本人が英語を学ぶためのサービス」と定義していたら、たぶん日本国内で完結していたと思います。でも「英語を使って、まだ知らない誰かと出会う場所」と定義した瞬間に、国境がふっと意味を持たなくなった。ブラジルの人とベトナムの人が英語で話している横で、日本の学生が混ざっている。運営している僕らのほうが、その光景に驚かされることがあります。
小宮日本発であることには、こだわりはないのでしょうか。
野原こだわりはないです。むしろ、どこ発かがわからなくなるくらいがちょうどいいと思っています。使っている人が「これは日本のサービスだ」と意識していないなら、それは手段としてうまく機能している証拠なので。国旗を立てて広げるより、気づいたら国境が溶けていた、という広がり方のほうが、僕らのやりたいことには合っている気がします。
小宮最後に、これから実現したい未来を教えてください。
野原生まれた国や経済状況によって、出会える人が制限されない世界をつくりたいです。英語を試験の点数から解放し、友人、仕事、人生の選択肢を広げるための場所へ変えていきたいと思っています。
英語を試験の点数から解放し、
人生の選択肢を広げる場所へ。
小宮かなり大きな目標ですね。
野原大きいと思います。ただ、大きな変化も、最初は一人の困りごとや、一つの小さな違和感から始まります。自分たちがすべてを変えられるとは思っていません。それでも、自分たちが変えられる範囲を広げ続けたいです。
小宮数年後、どんな言葉で評価されたいですか。
野原有名になった、会社が大きくなったということより、『海外留学について、以前より選択肢が増えた』と言われたいです。自分の名前が残ることより、仕組みが残り、次の世代には当たり前になっていることが理想です。
「今まで見過ごされていた価値を、
次の人へ渡せる形にする仕事だと思います」
取材後記 / Editor's Note
取材を通して印象的だったのは、本人が成功談だけを切り取ろうとしなかったことだ。
現在の結果だけを見れば順調に見えるが、その裏には小さな判断と修正の積み重ねがある。
新しい仕組みをつくることは、古いものを否定することではない。残す価値と変える必要を見分ける仕事でもある。
本人は、未来を語るときにも現場の具体的な動作や、利用する一人の表情へ話を戻した。
大きな理想を掲げながら、今日何をするかを言葉にできることが、この人物の強さなのだろう。
周囲を巻き込みながらも、最後の判断を他人のせいにしない姿勢が一貫していた。
華やかな肩書より、誰のどんな不便を減らしたいのかが、すべての話の中心にあった。
数年後、現在の挑戦が当たり前の仕組みになったとき、本人の名前を知らない利用者も増えるかもしれない。
それでも、名前より仕組みが残る方がよいという言葉に、事業や制作への覚悟が表れていた。
野原 樹斗 Tatsuto Nohara
- 生まれ
- 1996年・茨城県つくば市
- 学歴
- 英国ウォーリック大学で経営学を学ぶ
- 起業
- 在学中の2017年に共同創業(当初は留学支援サービス)
- 現在
- メタバース英会話サービス「fondi」を運営
- 転換
- 留学支援 → 英語で人とつながる体験づくりへ
取材・文|小宮 聡(Forbes JAPAN 記者) 撮影|― 編集|FORBES NEXT 編集部


