「邪道と言われる方法だから、
伝統への新しい入り口をつくれる」
日本刺繍と17世紀イギリスの技法を融合し、日常の小さな美を縫う20代。目の前の違和感を、失敗や遠回りを経て制作へ変えてきた。

家長 百加 ― 刺繍作家。日本刺繍と17世紀イギリスの立体刺繍「スタンプワーク」を組み合わせる。
取材場所に現れた家長百加は、言葉を選びながら静かに話す人だった。ただ、作品の話になると、その声が少しだけ前のめりになった。
1998年、京都市生まれ。工業染色を営む家庭で育ち、金沢美術工芸大学と同大学院で染織を学んだ。日本の伝統技法である日本刺繍と、17世紀イギリスで発達した立体刺繍「スタンプワーク」を融合し、植物や身近な自然を立体的に表現している。
肩書だけを見れば、時代の追い風をつかんだ若手の成功者に見える。だが、話を聞いていくと、その歩みは最初から計画されたものではない。目の前の違和感を放置せず、失敗や遠回りを次の行動へ変えてきた結果だった。
小宮少し、この分野の全体像も伺わせてください。伝統的工芸品の国内生産額は、1984年をピークに減り続け、いまはその頃のおよそ5分の1、1000億円ほどの規模になったとされます。作り手の実感として、この縮小はどう映っていますか。
家長市場が小さくなったという話は、正直、数字を見るまで実感が湧きませんでした。ただ、糸や布を扱う道具、専門の材料をそろえてくれるお店が、この十年で静かに姿を消していく。そちらのほうが、私にはずっと生々しい。市場が縮むというのは、作品が売れる売れないの前に、まず作る足場のほうから細っていくことなのだと感じています。
小宮従事者数も大きく落ち込み、関連資料では5万人を切る水準まで減ったとされます。人が減ることの重さを、どう受け止めていますか。
家長刺繍の技術は、言葉やマニュアルではほとんど渡せないんです。針の入れる角度も、糸を引く力加減も、隣で誰かの手元を見て、自分の手で真似て、ようやく体に入る。手から手へしか渡らないものだから、人が一人減るというのは、教科書が一冊燃えるのとは違う。二度と読めない本が一冊、そのまま消えるのに近いんです。
小宮年齢構成も特徴的で、50代以上が6割を超える一方、20代以下はごくわずかとされます。70代以上が厚く、若い世代が薄い、逆ピラミッドのような形です。若い作り手として、その形をどう見ていますか。
家長その形の中にいると、自分が例外の側にいることを、いつも意識させられます。ただ、上の世代が厚いというのは、裏を返せば、いま教われる人がまだ残っているということでもある。この形が完全に崩れる前に、どれだけ手元を見せてもらえるか。焦りというより、間に合ううちに、という気持ちのほうが近いです。
小宮背景には、着物や仏教美術のように工芸に触れる生活文化そのものの縮小や、安価な海外製品との競合があるとも指摘されます。
家長作り手が減ると、見る人が減り、買う人が減り、そして直せる人まで減っていく。この連鎖が、いちばん怖いところです。手仕事は、かける時間がそのまま価格に乗るので、量産品と値段で並べられた瞬間に負けてしまう。だからこそ、値段の土俵から一度降りて、この一点にどれだけの時間が積まれているか、その中身のほうを見てもらう場所をつくりたいと思っています。
小宮一方で、再生の兆しも語られます。現代アートやファッション、映像との越境が、これまで工芸に縁のなかった人を呼び込み始めている、と。
家長その流れは、現場でも少しずつ感じます。産地の分業で磨かれてきた技術と、私のような個人作家の表現をどう両立させるかは、まだ答えの出ていない問いですが。ただ、大量にはつくれないこと、一点ごとに時間がかかること──これまで弱点とされてきた性質が、いまはむしろ希少さとして受け取り直されつつある。縮んでいく話と、見直されていく話が、同じ場所で同時に起きている。その両方を引き受けたいと思っています。(笑)
小宮まず、今の活動へつながる原点から聞かせてください。
家長子どもの頃から、布や色、工場の機械が身近にありました。白い布が工程を通り、全く違う色や表情になって出てくる。それが日常だったので、ものは多くの工程と手によって生まれることを自然に感じていました。
小宮当時から、現在の事業につながる考えを持っていたのでしょうか。
家長最初から現在の形を思い描いていたわけではありません。将来の事業計画よりも、目の前にいる人や、目の前で起きている違和感の方が先でした。後から振り返ると、点だった経験が一本の線につながって見えるだけだと思います。
小宮成功した人の記事は、最初から明確なビジョンがあったように編集されがちです。
家長実際は、かなり迷っています。(笑)うまくいかなかったこともありますし、今の判断が正しいか分からないまま進んだこともあります。ただ、何もしないまま後悔するより、行動して確かめる方を選んできました。
何もしないまま後悔するより、
行動して確かめる方を選んできました。
小宮どのような社会の問題を感じたのでしょう。
家長現代では着物や仏教美術に触れる機会が減り、日本刺繍を日常で見る人も少なくなっています。担い手だけでなく、作品を見る人、買う人も減る。正統な世界だけで閉じていると、技術そのものが見えなくなる危機があります。
小宮既存の仕組みには、合理的な理由もあるはずです。
家長もちろんです。日本刺繍に関わる仕組みは、多くの人が長い時間をかけてつくってきました。すべてを否定するつもりはありません。ただ、以前は合理的だった方法が、環境の変化によって誰かを苦しめることがあります。そのときは、守ることと変えることを分けて考える必要があります。
小宮違和感を感じても、実際に事業へする人は多くありません。
家長私も、最初は事業になるか分かりませんでした。社会課題という大きな言葉を先に掲げたのではなく、一人でも本当に必要としてくれる人がいるかを確かめました。小さく始め、反応を見て、必要とされる部分だけを残していきました。
小宮最初の行動について教えてください。
家長制作前には辞書、和歌、古典、伝統色の本などを読みます。その植物が歴史の中でどう見られ、どんな感情や季節と結びついてきたかを調べ、自分の記憶と重ねて色や形を決めます。
小宮外から見るより、かなり地道ですね。
家長新しい事業というと、画期的なアイデアやテクノロジーが注目されます。でも最初は、電話をする、話を聞く、掃除をする、試作品をつくるといった地味な作業ばかりです。誰にも知られていない段階で、それを続けられるかが一番難しいと思います。
小宮何時間も作業した後、家族に「昨日とどこが変わったの」と聞かれることがあります。自分には大きな変化ですが、実際には数ミリしか進んでいません。(笑)
家長笑える話として話せるのは、今だからです。当時は、目の前の問題を解決することに必死でした。ただ、深刻になりすぎると長く続かないので、自分たちの失敗を笑える余白は大切にしています。
小宮資金や事業性については、どのように考えてきましたか。
家長手刺繍は時間がかかり、簡単に大量生産できません。だから一点物としての価値を大切にしながら、実家の染色技術を使ってテキスタイルへ展開するなど、手仕事と工業の接点も探しています。
小宮理念と利益がぶつかる場面もありますか。
家長あります。理念だけを優先すると事業が続かず、利益だけを優先すると、何のために始めたのかが分からなくなる。どちらか一方を選ぶのではなく、目的を実現するために必要な利益をどう生み出すかを考える必要があります。
小宮数字を見ることは、冷たいことではない。
家長むしろ、長く責任を持つために必要です。サービスを利用する人、働く人、協力してくれる人がいる以上、途中で「思いはありましたが続きませんでした」と終わるわけにはいきません。数字は理念を現実に置き続けるための体温計だと思っています。
小宮働き方や組織づくりでは、何を大切にしていますか。
家長刺繍は身体の仕事です。針を持ち、糸を通し、同じ動きを何度も繰り返す。頭の中の発想だけでは作品にならず、指先の感覚、姿勢、呼吸までが仕上がりに影響します。
小宮自分より優秀な人や、異なる考えの人に任せるのは怖くありませんか。
家長怖さはあります。ただ、自分一人の能力で届く範囲には限界があります。自分と同じ人だけを集めれば話は早いですが、見える景色も同じになります。異なる経験を持つ人が意見を言える方が、判断の質は上がります。
小宮意見がぶつかったときは?
家長誰が言ったかより、スタンプワークにとって何がよいかへ戻ります。肩書や声の大きさで決めると、組織は少しずつ考えなくなります。決定した後は責任者を明確にしますが、決める前には反対意見も歓迎したいです。
小宮ご自身の性格は、経営や制作に向いていると思いますか。
家長向いている部分と、向いていない部分の両方があります。気になったことを放置できないのは強みですが、細かいところまで考えすぎることもあります。自分の弱みをなくすより、弱みが問題にならない環境をつくることを意識しています。
小宮仕事から完全に離れる時間はありますか。
家長完全には難しいです。何かを見ても仕事のヒントとして考えてしまいます。ただ、意識して人と話したり、歩いたり、別の分野に触れたりする時間は取ります。仕事と無関係に見える経験が、後から大きな発想につながることがあります。
小宮周囲からは、仕事ばかりだと言われませんか。
家長言われることはあります。(笑)自分では休んでいるつもりでも、話題がいつの間にか事業へ戻っています。相手からすると、休憩中に会議へ連れ戻されたような気持ちかもしれません。
小宮日本刺繍について、特に誤解されやすい点は何でしょう。
家長日本刺繍は、外から見ると単純な一つの問題に見えます。しかし実際には、利用する人、現場で働く人、事業を運営する人で見えている課題が違います。一つの正解を押しつけるのではなく、それぞれの立場で何が失われ、何が守られているかを丁寧に見る必要があります。
小宮日本刺繍を変えるために、一番必要なものは何ですか。
家長特別な才能より、観察と継続だと思います。小さな変化は数字や派手なニュースになりにくいですが、現場では確実に積み重なります。日本刺繍に関わる人の声を聞き、一度決めた方法も必要なら修正する。その繰り返しが、結果として大きな変化になります。
小宮これまでの中で、最も苦しかった時期は?
家長結果が出ない時期より、何を信じて進めばよいか分からない時期が苦しかったです。努力すれば必ず成功するわけではありません。続けることが正しいのか、やめることが正しいのか、その判断を自分で引き受けなければならない。
小宮どうやって決断したのでしょう。
家長最初に解決したかった問題へ戻りました。今の方法に執着せず、その問題に近づいているかを考える。近づいていなければ変える。怖さがなくなることはありませんが、判断の基準を持つことで前へ進めます。
小宮失敗をどのように捉えていますか。
家長失敗した事実を格好よく言い換える必要はないと思っています。失敗は失敗です。ただ、失敗の理由を言葉にし、次の判断へ使えれば、そこで支払った時間やお金を完全な損失にはせずに済みます。
小宮少し業界全体の話を聞かせてください。この分野は、作り手の高齢化が進んでいると言われます。年齢構成のグラフを見ると、上の世代が厚く、若い世代がとても薄い。若い作家として、そこにプレッシャーを感じることはありますか。
家長数字として突きつけられると、正直、身がすくむ思いはあります。ただ、私は「支える人が少ないから頑張らなければ」という義務感だけでは、たぶん続けられないと思っています。義務感は、疲れたときに折れやすいので。
小宮では、何が支えになっているのでしょう。
家長結局は、目の前の一針が面白いかどうかです。(笑)大きな責任の話にすると手が止まってしまうので、今日縫っているこの葉脈がきれいに出るか、そこに集中しています。継承というのは、たぶん誰かが決意して背負うものではなくて、面白がっている人が一人ずつ増えていった結果として、後から成り立つものなのだと思います。
小宮技術を受け継ぐことと、外へ開いていくこと。この二つは、両立が難しくないですか。守ろうとすれば内側に閉じ、開こうとすれば正統から離れていく。
家長そこは、私自身がいつも揺れているところです。伝統的な技法には、長い時間をかけて磨かれてきた理由があります。それを軽く扱うつもりはありません。ただ、正しく守るだけでは、その技術を見る人がいなくなってしまう。誰も見ていない完璧さは、悲しいと感じます。だから私は、技術は手元で厳密に守りながら、それを見せる場所や文脈のほうを外へ広げようとしています。守る対象と、開く対象を分けているのだと思います。
小宮家長さんは、ご自分の手法をあえて「邪道」と呼びますね。日本刺繍に17世紀イギリスの技法を掛け合わせるやり方を。なぜ、わざわざその言葉を使うのでしょう。
家長正統だと名乗った瞬間に、そこには「正しさ」の基準ができてしまうからです。基準ができると、それに満たないものを外へ弾く力が働きます。私は、入り口を狭くしたくないんです。「これは邪道ですよ」と自分から言っておけば、見る人も気楽になれる。正解を確かめに来るのではなく、ただ面白がって近づいてくれる。その距離感を、大事にしたいと思っています。
小宮正統だけで閉じてしまうと、入り口そのものが消えてしまう、と。
家長そう感じています。正統を守る人はもちろん必要です。その厳密さがあるから、技術の芯が残る。ただ、芯だけがあって、外周に触れる人が誰もいなくなると、いずれ芯を継ぐ人もいなくなります。私は、外周のほうを担当しているイメージです。ファッションやアートの文脈に置くと、これまで刺繍を一度も見たことのなかった人が足を止めてくれる。その人たちが、新しい観客になっていく。
小宮越境が、新しい観客をつくる。
家長はい。境界を越えることは、既存のものを壊すことではないと思っています。むしろ、これまで交わらなかった二つの世界の間に、細い橋を一本かける作業に近い。橋を渡ってきた人が、向こう側にあった伝統の厚みに初めて気づく。私の作品が、その橋の入り口の、小さな看板くらいになれたらいい。そう思いながら、今日も一針ずつ縫っています。(笑)
小宮最後に、これから実現したい未来を教えてください。
家長作品を見た人が帰り道で足元の落ち葉や小さな花に気づき、少しだけ日常の見え方を変えてくれたらうれしいです。伝統を過去に閉じ込めず、今を生きる人の感情へつなぐ入り口を、一針ずつつくりたいです。
小宮かなり大きな目標ですね。
家長大きいと思います。ただ、大きな変化も、最初は一人の困りごとや、一つの小さな違和感から始まります。自分たちがすべてを変えられるとは思っていません。それでも、自分たちが変えられる範囲を広げ続けたいです。
小宮数年後、どんな言葉で評価されたいですか。
家長有名になった、会社が大きくなったということより、『落ち葉について、以前より選択肢が増えた』と言われたいです。自分の名前が残ることより、仕組みが残り、次の世代には当たり前になっていることが理想です。
『落ち葉について、以前より
選択肢が増えた』と言われたい。
今まで見過ごされていた価値を、
次の人へ渡せる形にする仕事。
取材後記 / Editor's Note
取材を通して印象的だったのは、本人が成功談だけを切り取ろうとしなかったことだ。
現在の結果だけを見れば順調に見えるが、その裏には小さな判断と修正の積み重ねがある。
新しい仕組みをつくることは、古いものを否定することではない。残す価値と変える必要を見分ける仕事でもある。
本人は、未来を語るときにも現場の具体的な動作や、利用する一人の表情へ話を戻した。
大きな理想を掲げながら、今日何をするかを言葉にできることが、この人物の強さなのだろう。
周囲を巻き込みながらも、最後の判断を他人のせいにしない姿勢が一貫していた。
華やかな肩書より、誰のどんな不便を減らしたいのかが、すべての話の中心にあった。
数年後、現在の挑戦が当たり前の仕組みになったとき、本人の名前を知らない利用者も増えるかもしれない。
それでも、名前より仕組みが残る方がよいという言葉に、事業や制作への覚悟が表れていた。
家長 百加 Momoka Ienaga
- 生まれ
- 1998年・京都市
- 家庭
- 工業染色を営む家庭で育つ
- 学歴
- 金沢美術工芸大学・同大学院で染織を学ぶ
- 表現
- 日本刺繍と17世紀イギリスの立体刺繍「スタンプワーク」を融合
- モチーフ
- 落ち葉など、身近な植物・自然
取材・文|小宮 聡(Forbes JAPAN 記者) 撮影|― 編集|FORBES NEXT 編集部


